優しい運転手さんの話し

忘れ物から始まった奇跡の再会

指輪が消えたタクシーの中で

秋生と朋絵は、友人の家を訪ねて帰る途中だった。楽しいひとときが終わり、駅へ向かうためにタクシーを拾った。

「ねえ、秋生、指輪どこ?」
朋絵が突然慌てた声で言った。
秋生は驚いて彼女の手元を見た。結婚指輪がない。いつもはちゃんと指についているはずのその指輪が、今日は見当たらなかった。

「え? どこに行ったんだ?」
秋生も焦ってきた。

タクシーの車内は二人の慌てた声でいっぱいだった。朋絵は指輪を落としたかもしれない、外れた可能性があると言ったが、どこで落ちたのかもわからなかった。

「高橋さん、すみません、ちょっと確認してもいいですか?」
秋生が運転手の高橋さんに声をかけた。
高橋さんは穏やかな笑顔を浮かべ、すぐにタクシーを止めて車内を確認してくれた。しかし、指輪は見当たらなかった。

「すみませんが、もう一度念入りに探してもらえますか?」
朋絵は心配そうな顔をして言った。
高橋さんはもう一度、車内を丹念に調べ、座席の隙間も手探りで確認した。でも、指輪はどこにも見つからなかった。

「すみませんが、指輪は見つかりませんでしたね。」
高橋さんがゆっくりと口を開いた。

朋絵は少しがっかりしたように肩を落とした。秋生もため息をついた。でも、指輪を失ったことに対するショックよりも、電車の時間が迫っていることが気になり始めた。

「もう、駅に着きますから、時間がないですよ。」
秋生が時計を見ながら言った。
朋絵はしばらく黙っていたが、やがて運転手に向かって口を開いた。
「お願いします、指輪が見つかったら、すぐに連絡してください。」

高橋さんはうなずき、名刺を渡してくれた。
「わかりました。ご連絡をお待ちしています。」

二人は急いで駅に向かい、電車に乗り込んだ。朋絵は涙をこらえながら、秋生に言った。

「指輪、見つからなかったらどうしよう…」
「大丈夫、タクシーの中で落としたのは確かだから、きっと見つかるよ。」
秋生は少し無理にでも穏やかに言った。
でも、心の中では、あの指輪が無事に戻るかどうか、正直不安だった。

電車での涙と希望の光

電車に揺られている間、朋絵はずっと黙っていた。時々、目に涙を浮かべながら、ふと外を見ていた。秋生は気を使って何も言わなかったが、彼女がどれほど指輪を大事にしているかを知っていたから、どうしても心配だった。

「こんなことになるなんて、思ってもみなかったよね…」
朋絵がぽつりとつぶやいた。
「うん…でも、焦っても仕方ないよ。高橋さんが探してくれてるし。」
秋生はそう言いながら、朋絵の手を握った。

だが、その夜、何も連絡はなかった。

朋絵はしばらく寝付けなかった。心の中で何度も指輪のことを考え、心配していた。秋生はその横で静かに眠っていたが、朋絵は眠れずに天井を見上げていた。

次の日、昼過ぎ、ついに高橋さんから電話がかかってきた。朋絵が電話を取ると、高橋さんの声が聞こえてきた。

「指輪、見つかりましたよ。」
「本当ですか?」
朋絵の声に安堵の色が広がった。

「はい、車のシートの隙間に落ちてました。すぐにお届けできますから。」
「ありがとうございます! 来週、伺いますのでまた連絡します。」
「了解です。」
電話を切った朋絵は、目に涙を浮かべて秋生に伝えた。

「見つかったんだって! 本当に良かった!」
秋生も安堵の表情を浮かべて、彼女を抱きしめた。

再会の約束と観光タクシーの計画

指輪を取りに行く約束をした翌週、朋絵は感謝の気持ちを込めて、もう一つの提案をした。

「高橋さんにお礼を言いたいし、せっかくだから観光タクシーをお願いしてもいい?」
秋生は少し驚いたような顔をしたが、すぐに納得した。

「いいね。あのあたりのこと、詳しそうだし、運転手さんにいろいろ教えてもらおう。」
それは、朋絵がプロポーズの場所をもう一度見てみたいという思いもあったからだった。二人はその土地をよく知っている高橋さんに案内してもらうことに決めた。

「運転手さん、私たちの結婚の思い出の場所があって…」
「どこですか?」
高橋さんは興味津々に聞いてきた。

「実は、プロポーズされた場所なんです。」
朋絵がにっこりと微笑みながら言った。

運転手の案内で巡る思い出の地

観光タクシーが出発し、高橋さんは夫婦をいくつかのスポットに案内してくれた。地元の名所、隠れたカフェ、秋の美しい景色…。どれも魅力的で、二人は笑顔を交わしながら、素敵な時間を過ごした。

「この辺りも、以前からよく来てたんですか?」
「はい、ずっと昔から知ってる場所ですよ。」
高橋さんは、ちょっと照れくさそうに答えた。

その後、タクシーは夫婦の思い出の場所へと向かっていった。少し小高い場所から見下ろす海の景色は、まさにプロポーズの瞬間を思い起こさせる。

同じ高台で繋がった奇跡

タクシーが到着したのは、夫婦が初めて訪れた思い出の場所だった。高台から広がる景色、風の音、すべてが当時のままだった。

「実はね、ここで僕もプロポーズしたんです。」
高橋さんが静かに話し始めた。

朋絵と秋生は驚いた。まさか、運転手さんも同じ場所でプロポーズしていたとは。

「僕たちも、ここで同じように愛を誓ったんです。」
二人はしばらくその場所に立ち、しんみりとした気持ちになった。

「こんな偶然があるなんて、人生って面白いですね。」
秋生がぽつりと言った。

それぞれの思い出が交差し、二人の絆も一層深まったように感じた。タクシー運転手と夫婦の間に、無言の理解が広がっていった。

静かな海の景色を眺めながら、三人はそれぞれの場所で心を通わせていた。

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