横浜への旅と中華街への期待
晶菜(あきな)はその日、仕事で横浜に来ていた。初めての土地で、仕事が終わった後も少し緊張が残っていたけれど、夜には大学時代の友人と中華街で待ち合わせがある。その楽しみが心を軽くしていた。
「仕事、早く終わっちゃったな。」
思ったよりスムーズに進んだ仕事のおかげで時間が空いた。せっかくだから少し散策でもしたいけれど、土地勘がないし、どこをどう歩けばいいかもわからない。
「まあ、タクシーで行けばいいか。」
そうつぶやいて近くのタクシー乗り場で車を拾った。運転手さんは50代くらいの男性で、落ち着いた雰囲気の人だった。
「中華街までお願いします。でも、時間があるので、もしおすすめの場所があれば教えてもらえますか?」
何気なくそう言うと、運転手さんの表情が少し明るくなった。
優しい運転手さんとの出会い
「横浜、初めてなんですか?」
運転手さんの柔らかい声に、晶菜は「はい」と答えた。
「だったら、少し回り道してもいいですか? 見てもらいたいところがあるんです。」
その一言に、晶菜はちょっと驚いた。タクシー運転手が観光案内をしてくれるなんて想像もしていなかったからだ。
話を聞くうちに、運転手さんも地方から横浜に来た人で、この街の良さをいろいろと知ってほしいという気持ちで案内を申し出てくれたのだということがわかった。
「時間はあるので、ぜひお願いします!」
晶菜の返事に運転手さんは少し嬉しそうにうなずいた。
「じゃあ、まずは大さん橋に行きましょう。横浜の夜景を見たことありますか?」
こうして、中華街に行く前の小さな旅が始まった。
大さん橋での特別な時間
タクシーは静かに海沿いの道を走り、大さん橋へと向かった。夜の横浜の街並みは、どこか幻想的で、光に包まれていた。運転手さんは途中でメーターを止めると、こう言った。
「ここからはサービスです。ちょっと贅沢な夜景を楽しんできてください。」
晶菜は一瞬戸惑ったが、運転手さんの優しそうな笑顔に後押しされるように車を降りた。
「どうやって行けばいいですか?」
「ターミナルの建物に向かって歩いてください。中に入ると、右手に広がるウッドデッキが見えるはずです。そこをまっすぐ進むといい場所がありますよ。」
運転手さんの案内は丁寧だった。
「それと、海沿いの柵が低いところがあるので、そこで写真を撮るのもおすすめです。風が気持ちいいですよ。」
晶菜は運転手さんにお礼を言い、彼の指示通りに進んだ。建物の中は広々としていて、清潔感があり、落ち着いた雰囲気が漂っていた。人も少なく、静かだった。ウッドデッキの方向に向かうと、海の香りとともに涼しい風が顔に当たる。さらに進むと、横浜の夜景が一気に視界に広がった。
「すごい…!」
晶菜は思わず声を上げた。高層ビル群のライトアップ、輝く観覧車、そして静かに広がる海が目の前に広がっている。夜の海に映る光がまるで星のようにきらめき、息をのむほど美しかった。
「どこを見ても絵になるなあ…。」
晶菜はスマホを取り出し、写真を何枚も撮った。夜景をバックに自撮りをしたり、海を眺めながら一人静かに立ち止まったり。特に気に入ったのは、運転手さんが教えてくれた海沿いの柵が低い場所だった。そこは視界を遮るものがなく、まるで自分が海に浮かんでいるかのような感覚になる特等席だった。
「運転手さんが待っていてくれるから、こんなにゆっくりできるんだな…。」
晶菜はその優しさに感謝しつつ、夜景を楽しみ続けた。周りにはほとんど人がいないため、特別な空間にいるような気持ちになった。
夜空には星がいくつか輝き、その下に広がる光の海が、晶菜の心を癒してくれるようだった。仕事での疲れも、この時間の中でどこかへ消えてしまったように感じた。
大さん橋での時間は、晶菜にとって本当に特別なひとときだった。そして、それを提供してくれたのは運転手さんのちょっとした気遣いだったことを、晶菜は忘れなかった。
中華街での別れと運転手さんの優しさ
大さん橋を後にして、再びタクシーは中華街に向かって走り出した。晶菜は、先ほどの時間があまりにも心地よくて、つい運転手さんといろいろな話をしてしまった。
「今日は本当にありがとうございました。大さん橋、すごく良かったです。」
タクシーが中華街に到着し、晶菜はお礼を伝えながら、メーター以上の料金を支払おうとした。
「いやいや、いいんですよ。また横浜に来た時、その分楽しんでくれたら。」
運転手さんはそう言って、追加料金を受け取らなかった。その優しさに、晶菜は驚くと同時に感動した。
「本当にいいんですか?」
「もちろん。また会う時までの預かりだと思ってください。」
その一言が、晶菜の心に深く刻まれた。
心に残る優しさと思い出」
タクシーを降りた晶菜は、大学時代の友人と再会し、中華街で楽しい時間を過ごした。でも、その日一番心に残ったのは、運転手さんの小さな優しさだった。
横浜の夜景、大さん橋、そして中華街。それらすべてが、運転手さんとの出会いでより特別なものになった気がする。
「また横浜に来たら、このタクシーに乗りたいな。」
晶菜はそう思いながら、ふと遠くに見える夜景をもう一度眺めた。
何でもないような一日が、運転手さんのおかげで忘れられない思い出になった。そして、それが晶菜にとって、横浜という街への特別な想いを生むきっかけになったのだろう。
lightmitsu著